株式会社産業經済新聞社
総務本部
副本部長 人事部長
郡司 昇 氏
「無理はしないが積極的に採用する」
郡司昇人事部長に話をうかがっていく中で、産経新聞社の障がい者雇用に関する基本方針はここに置かれて行われていると感じました。
たとえば、下肢障がい者(車いす)の場合。東京本社が新築完成したのは、2000年のことです。この新築で、車いす用エレベーター・トイレが設けられました。以後、車いす使用の方の採用も可能となり、その中には取材記者もいます。
「現場へ出向き、取材をし、記事を書く。記者の仕事をきちんとやり遂げ、周囲にも評価されながら活躍しています」と郡司さん。
「面接の際、車いすで可能な活動範囲、つまり何ができ何ができないのかをしっかりとうかがっています。その上で、車いすでの取材に困難が生じるかもしれない未知の現場で活動する可能性を十分に理解していただく。ご本人にそれだけの意志があるか否か。それを見極め採用に至りました。実際には、ご自身にしかわからない困難に何度も直面したことでしょう。しかし、すでに10年も現役の記者として活動されているのですから、それを乗り越えてきたことは間違いありません」
郡司さんがもっとも心を配っているのは「ミスマッチの排除」です。
新聞社は「職種のデパート」といわれるほど、仕事の種類が豊富にあります。ですから、その気になれば業務の切り出しに関するかぎり不自由はしません。しかし、郡司さんは「それは安易な選択」だと考えます。
「雇用したからには、できるだけ長く働いていただきたい。これを大方針としています。そのためには、無理は禁物です。どのような障がいかによって、できることできないことが違います。まずそれをうかがいます。併せて、志望業務、それに対する能力、やる気などをうかがい、それが当社の求める人材像とマッチするのかどうかを判断します。しかし、そこで終わりではありません。さらに、個々人によって異なるサポートに不可欠な設備・機器等々が整っているのか、整えられるのかを吟味し、満足できるレベルで『やっていただける』となったら採用の条件が揃います。ですから、先の車いすの記者の場合、たとえ能力、やる気などの評価レベルが高い人材であっても、まだ設備が未整備の時期だったとしたら、残念ではありますが採用は難しかっただろうと思います。無理をしてミスマッチを招いたとしたら、有用な人材を失うことにもなりかねません」と郡司さんは強調します。
「ただ、当社の所帯はあまり大きくはなく、その分、小回りが利く社風ですので、働いてほしい人材に出会えば、可能な限り時間をかけずに工夫をすることで積極的に雇用していこうという方針も堅持しています」(郡司さん)
産経新聞社で障がい者雇用が本格化したのは、1990年代前半のことです。「本格化」とは、多様な障がい者の積極採用を意味します。
「視覚障がいの方(全盲)の雇用のため、開設したのが社員向けにマッサージを行うリフレッシュルームです。当時としては早い設置だったと思います。はじめてのことなので、どのような機材が必要かを学んで設置しました。採用は、東西両本社にそれぞれ男女各1名、計4名です。現在、東京では20分と40分の2コースがあり、好評を博しています。東京本社のお1人の勤続年数は、すでに25年を超えています」(郡司さん)
同時期、事務部門にも聴覚障がい者、下肢障がい者(松葉杖)を採用。以後、採用は徐々に拡大していきました。
「当社の社風は、いろいろなことにチャレンジできる点にあります。たとえば、管理部門に配属されると社内のある部局を担当するのですが、仕事のスキルを上げていくことで、『この部局で仕事をしたい』という方も出てきます。その希望に沿って異動するケースも決して珍しくありません。もちろん異動に際しては、力を発揮してもらえるだけの職場環境にあるかどうかの判断をしっかりと行います」(郡司さん)
チャレンジということでは、次の事例もその1つです。
2010年を過ぎてほどなく、新しい紙面構成を行うため、PCによるデザイン担当者の募集が行われました。この新しい職種に聴覚障がいの女性が応募したのです。
「紙面には、スポーツの選手配置図、国の位置関係図、あるいは事件・事故現場の見取り図など、さまざまな図が掲載されています。写真とは違った良さがイラストにはあり、それを俯瞰図などによってわかりやすく一望できるようにすることができます。実現には、PCによるデザイン力を有する人材が求められます。彼女はそれができる力量を認められての採用でした」(郡司さん)
新しいことへの紙面のチャレンジと人のチャレンジがマッチしたわけです。現在、彼女は、テストケースとして産経新聞社がスタートさせた在宅勤務にチャレンジしています。これも「働く環境を整える」という方針の一環です。
「国が働き方改革を標榜していることは周知のとおりです。当然、我々新聞社はそのことを記事にします。では、記事にする我々自身が改革をどう具現化していくのか。障がいのある方、ない方、働く人々すべてに対して我々がどのような改革の道を拓いていくのか。きわめて重要な使命ではないかと思っています」(郡司さん)
新聞の記事を書く側の人たちの能力発揮と長期雇用の実現。新聞社ならではの命題です。