セイコーエプソン株式会社
ダイバーシティ・組織カルチャーデザイン部 課長(※役職名は取材時)
赤羽 香代 氏
エプソンミズベ株式会社 代表取締役(※役職名は取材時)
上條 尚史 氏
エプソンは、ウオッチ開発で培った超微細・精密加工技術を磨き上げ、現在はインクジェットプリンターをはじめとした各種プリンター、プロジェクター、産業用ロボットなど多彩な製品を提供しています。事業所は本社のある長野県諏訪市をはじめとして全国各地に展開し、世界各地に研究開発、生産、営業拠点を有しています。
こうしたグローバルな事業活動を展開するエプソンでは、創業以来大切にしてきた「創造と挑戦」の精神を礎に、国内のみならず世界中から多彩なバックグラウンドを持つ人材が集い、それぞれが自分の役割に責任を持ち主体的に価値創出に取り組んでいます。多様性が組織の創造力を高めることに結びついており、それぞれが能力やスキルを発揮しています。
「当社ではダイバーシティ&インクルージョンの推進に力を注いでいます。障がいの有無に関わらず、個々の役割に応じたステップで挑戦し、成長し続けることで成果創出に貢献している状態を目標に、グループ全体でのインクルーシブな障がい者活躍の実現をめざしています。」
このように障がい者活躍に対する基本的な考え方を説明するのは、セイコーエプソン株式会社(以下、セイコーエプソン) ダイバーシティ・組織カルチャーデザイン部 課長の赤羽氏です。エプソンの特例認定グループ会社の実雇用率は2.76%(2026年6月時点)であり、2030年にはKPI(重要業績評価指標)として3.0%の達成を掲げています。しかし、同社が障がい者雇用においてもっとも大切にしているのは実雇用率の伸長ではなく、一人ひとりが活躍し、バリューチェーンの中で成果を出すという点です。
「当社では2年ほど前から『雇用から活躍へ』をキーワードに掲げ、単に雇用者数を増やすのではなく、障がい者一人ひとりが自分の個性や強みを生かして働き、価値創造していくことに重きを置いた障がい者活躍を進めています。そのためにまず取り組んだのが「ともに働く風土の醸成」です。例えば、経営層にはエプソンの特例子会社エプソンミズベ株式会社(以下、エプソンミズベ)に出向いて実際に障がいのある社員が働く姿を見学してもらいました。管理職に対しては障がいのある社員と働く際の合理的配慮など、具体的なマネジメントのあり方を知る研修を展開し、障がいの有無に関わらず活躍できる環境整備に取り組んでいます。また、全社員に対する必須研修として、e-ラーニングで障がいの基本知識を学ぶ機会を提供しています。さらに、障がい者活躍推進のキーパーソンが意見交換を行うワークショップも実施しました。このように各階層において障がいについて正しく知り、理解を深めることでともに働く風土づくりを進めています」(赤羽氏)
また、長野県内の各事業所で発達障がいの特性を疑似体験できるVR体験会も実施しています。専用のゴーグルを装着し、聴覚過敏や視覚過敏、ADHD不注意優性型など発達障がいのいくつかの特性をVRで体験します。例えば、周囲の会話や雑音が過剰に重なる状況や、指示が複数同時に入ることで混乱が生じる場面などを再現することで、発達障がいのある方が日常や職場で直面しうる困難を具体的に理解することができます。
こうした体験を通じて、社員一人ひとりが「知識」としてではなく「実感」として障がい理解を深め、より適切なコミュニケーションや合理的配慮につなげています。
さらにエプソンでは、地域社会との連携も積極的に行っています。2024年からは長野県内の大学と協力し、障がいのある学生を対象とした就労体験を実施しています。これは、障がいのある学生と実際に接することで、ともに仕事をする場合「どう接したらよいのか分からない」という心理的ハードルを下げることを目的としています。また、精神・発達障がいをテーマとした社外イベントでは、大学教授や発達障がいのある方を招き、エプソンの役員やエプソンミズベの代表とのトークセッションにて、異なる立場から、障がいのある方とともに働くことの意見が交わされました。
セイコーエプソンにおいては、採用において障がい者枠は設けておらず、障がいの有無にかかわらず同一の待遇で採用し、多くの社員が活躍しています。エプソンの特例子会社は、エプソンミズベ(長野県)と、エプソンスワン株式会社(山形県)の2社あり、特にエプソンミズベは1983年に設立され、40年以上にわたりエプソンの障がい者雇用をリードしてきました。
同社は、フロッピーディスク用主軸モーターユニットの組み立てといった製造請負業務からスタートしました。その後、時代の変化やグループのニーズに応じて事業領域を着実に拡大し、本社のメール・コピー業務、印刷・製本、防塵衣のクリーニング、さらに2008年以降は事業所内の清掃を担うビルクリーニング業務など、現在では複数の機能を担う存在へと進化しています。単なる業務の受託にとどまらず、「安定した品質で業務を遂行する戦力」としてグループ内での役割を確立してきた点が特徴です。
設立当初11名だった在籍者は、職域の拡大とともに着実に増加し、2026年6月1日現在、173名の障がいのある社員が活躍しています。この成長の背景には、「個々の特性と業務の最適なマッチング」に力を入れた運営体制があります。業務を固定化するのではなく、ローテーションを通じて複数の業務に挑戦できる機会を設けることで、スキルの幅を広げるとともに、自身に適した業務を判断していく仕組みを構築しています。
また、特に重きを置いているのが日々の体調管理と安定就労の支援です。体調の変化を踏まえた業務調整や職場内でのきめ細かなコミュニケーションを通じて、長期的に安心して働ける環境づくりを行っています。そのうえで、「能力開発」の考え方をもとに、成長意欲に応える機会を提供しています。
さらに近年では、業務への主体性や成果に応じた評価を促進するため、従来の一律的な賃金制度から、成果や取り組みに応じて評価する仕組みへ、新たな体制づくりを実施しました。これにより、個々のモチベーション向上やスキル習得への意欲喚起にもつながっています。現在は知的障がいのある社員が多く活躍していますが、精神・発達障がいなどさまざまな障がいのある方の雇用拡大に注力しており、さらに多様な人材が活躍できる体制づくりを進めていく方針です。
こうした取り組みを支えているのが、グループ内の密接な連携体制です。セイコーエプソンと定期的な意見交換をしながら、これまでも取り組んできたオフィス系補助業務の拡充を図り、デザイン、動画編集、RPAなどさまざまな業務を展開し始めています。また、見学会を通じてエプソンミズベに対する理解を深めてもらうことで、新たな委託業務の創出につなげています。近年、グループ全体で「どのようにすれば活躍の場を広げられるか」を継続的に検討し続けている点に、同社の強みがあります。
このようにエプソンミズベは、単なる雇用の受け皿ではなく、事業と人材育成の両面から障がいのある方の活躍を実現する存在として、グループの中で重要な役割を担い続けています。